追放剣士の再起録
宿敵再会
黒地に銀の剣を縫い取った旗が、夕暮れの空で薄く翻っていた。
要塞ヴェルドの東門は半ば開けられ、見張りたちも、市場の女たちも、修理中の兵たちも、皆が門前に立つ影を見上げていた。その先頭に立つ男が、セルヴァンだった。
レオンの喉が、ひどく乾いた。
追放の日と同じだ、と身体のほうが先に思い出す。雨に濡れた石畳、折られた剣、見物人の冷たい視線。目の前の男は、あの時と変わらない。剣を持つ腕も、唇の端に浮かぶ薄い嘲りも、相手を値踏みする目も。
「生きていたのか、レオン」
声だけで、胸の奥が軋んだ。
「来るなら早く来い。隠れていると思ったか」
セルヴァンは笑わなかった。ただ、勝ちを確信した者のように目を細めた。
「ここが騒がしいと聞いてな。見に来た。……いや、正確には、お前を連れ戻しに来た」
背後でガルドが舌打ちした。アリアが一歩前へ出る。
「要塞の中で好き勝手させるつもりはない。用件があるなら、まず名乗りなさい」
「名乗りはしただろう」セルヴァンは胸元の紋章を指で弾いた。「帝都の命を帯びた剣士、セルヴァン。追放者レオンを拘束し、ヴェルドの戦力を見定める」
「見定める?」
レオンの声は低かった。あの日、自分の腕をへし折るより先に、剣士の資格ごと奪った男が、今度は要塞の価値まで量るつもりでいる。怒りはあった。だが、それ以上に、もう一度ここで目を逸らせば、何も変わらないという確信があった。
「お前は、まだ俺を追い出せると思っているのか」
「追い出す?」セルヴァンは肩をすくめた。「違うな。お前はあの時、自分で折れた。剣を持つ腕に、誇りがなかった。だから捨てた。それだけだ」
ガルドが前に出ようとした。その肩を、レオンが静かに押さえる。
「やめろ。これは俺の話だ」
アリアが息を呑む。セルヴァンはそれを見て、わずかに口角を上げた。
「ほう。仲間ごっこか。追放された剣士にも、慰め役ができたらしい」
「違う」
レオンは、初めてはっきりとセルヴァンを睨んだ。
「仲間だ。俺が守る相手で、俺を立たせる相手だ。お前が剣しか信じないなら、それでもいい。だが、ここの連中を見下したまま、俺をもう一度踏みつけられると思うな」
その一言で、周囲の空気が変わった。
民兵たちの背筋が伸び、修理の手を止めた職人たちが、無言でレオンを見る。ミオは不安そうに唇を結んだが、逃げなかった。目の前の男が怖くても、その視線を外さなかった。
セルヴァンは少しだけ目を細めた。そこには、侮蔑と興味の両方があった。
「なら証明しろ、レオン。口だけで剣は重くならん」
「望むところだ」
返事は、思ったよりも早く口をついた。自分でも驚くほど静かな声だった。怖くないわけではない。だが、追放された日のように、ただ下を向いて終わるのは違う。あの時の自分は、逃げるしかなかった。今は違う。背後には、守るべき壁と、守ってくれた仲間がいる。
アリアがすぐに間へ入った。
「一騎打ちをするなら、条件はこちらで決める。ここで血を流す以上、要塞の規律に従ってもらう」
セルヴァンは興味なさそうに眉を上げたが、断らなかった。
「いいだろう。場所を用意しろ。明朝、旧訓練場。見届け人はお前たちで十分だ」
「承知した」アリアは迷わず言った。彼女の声は冷静だったが、その指先はわずかに震えていた。「ただし、要塞の民に手を出すなら、その時点で交渉は終わりだ」
「心配するな。俺の刃は、価値のある相手にしか向けない」
その言葉に、レオンはかつての屈辱をもう一度噛みしめた。価値があるかどうかを、他人が決める。その傲慢さを、何度も骨の髄まで味わわされた。だが今は、その価値を証明する場所がある。逃げて失うだけの過去ではない。勝って、奪い返すための場だ。
セルヴァンが踵を返すと、門前の兵たちが左右に割れた。彼の外套が風をはらみ、銀の剣章が夕闇の中で鈍く光る。レオンはその背を見送りながら、もう一度だけ、剣の柄を握り直した。
その夜、旧訓練場は総出で整えられた。
砂利は掃かれ、割れた木箱は片づけられ、石畳に白墨で円が引かれる。ガルドが杭を立て、民兵が松明台を運び、ミオは端で包帯と止血布を抱えたまま、何度も深呼吸をした。誰も命令されて動いてはいない。ただ、レオンがここに立つなら、自分たちも立つのだと、誰もが知っていた。
やがて朝焼けの前、白い円の中央に、レオンとセルヴァンが向き合った。
白墨の線の内側で、二人の影はまだ触れず、朝を待っていた。
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