追放剣士の再起録
砦総攻撃
セルヴァンの宣告が落ちた次の瞬間、要塞の鐘が一斉に鳴った。
監視塔の赤い狼煙は、まだ朝の空に細く残っている。
朝焼けは浅い。それでも東の平野には、もう敵の旗が並び、土煙の奥で槍の穂先が無数に光っていた。
レオンは剣を握り直し、旧訓練場から城壁へ向かって駆けた。追放されたあの日と違うのは、背中に守るべき声があることだった。
城壁へ続く階段では、アリアがすでに兵を振り分けていた。
「東壁に弓兵十、盾兵十。北櫓は投石機を最優先で潰す。内門は閉じない、退路は残す。ガルド、中央の梯子隊を押し返して。ミオ、治療所を中庭へ。レオン、補修跡のある区画を見て」
声は速い。だが、迷いはない。
外では、ローヴァンの命令が、書類ではなく兵の形で届いていた。帝都の正規兵が要塞を包み始める。胸甲には監察局の赤い印。盾を重ねた歩兵が前に出、後ろで投石機が軋む。梯子隊が左右に広がり、衝角を覆った木枠が、まっすぐ東壁へ向かってくる。
壁を越えるのではない。城壁ごと押し潰す圧力だった。
レオンが最上段に飛び出したとき、最初の矢が石を叩いた。
続けざまに投石機の石塊が飛び込み、石壁の上を削って粉塵を撒く。
「左、来る!」
誰かの叫びに合わせ、レオンは半歩ずらした位置で剣を振るった。魔力を乗せた刃が梯子の継ぎ目を断ち、上がりかけた兵が重みごと落ちる。
レオンは最上段を駆けながら、次々と声を飛ばした。
「梯子の根元を狙え。盾は二列で押すな、待て。矢の後に上がるやつを斬れ」
落ちる者がいれば、すぐ次が来る。だが、壁の上では剣を振るうたび、誰かの生き残る場所が一歩ずつ増えていった。
「そのまま前へ出るな! 一段ずつ止めろ!」
ガルドが咆哮し、盾の列を押し戻した。大斧の一撃で梯子の根元が砕け、木片が跳ねる。敵兵は崩れた足場の上で身を翻し、再び壁を掴もうとしたが、今度はミオが運んできた石灰袋と包帯が後ろから支えた。
治療所へ運ばれるはずだった兵が、彼女の手でもう一度前を向く。
ミオは怯えた顔のまま、倒れた兵に水を含ませ、もう一度立てと肩を叩く。その小さな手が、前線の呼吸を戻していた。
風にさらされた手は震えている。それでも、止まらない。
アリアは壁上の動きを見ながら、補修班へ次々に指示を飛ばす。
「石材はそのまま、梁を先に。崩れる前に支えて」
彼女の指先が示す先には、昨日まで修理跡が残っていた継ぎ目がある。
レオンはそこで気づいた。敵はただ上がってくるだけではない。壁の継ぎ目を知っている。投石と衝角を同じ場所に重ね、足場ごと守り手を潰しに来ているのだ。
だからこそ、狙いは分かる。分かれば、外せる。
「アリア、ここだ!」
「分かってる! でも今は捨てない。まだ持つ」
短い返事に、強い意志があった。
持たせるのではない。持たせながら、次の一手を作る。
レオンは剣を返し、敵の狙いを外へずらした。梯子を断ち、盾を割り、飛び上がった兵の重心を崩す。すべてを斬り伏せる必要はない。向きを変えればいい。
連携して押し寄せる圧力は、ひとつひとつの力よりも強い。だからこそ、連携の歯車を一箇所でも外せば、流れは乱れる。
最初の波は、それで押し返せた。
だが、敵は止まらなかった。
次の投石が、今度は鉄を巻いた大石だった。修理跡へ真横から叩き込まれ、鈍い音とともに石肌が白く裂ける。続けざまに衝角が壁下を揺らし、支え木が悲鳴を上げた。
「下がれ!」
レオンが叫んだときにはもう遅い。
石壁の継ぎ目が大きく裂け、白い粉塵が内側へ吹き込む。ガルドが最後の一歩を塞ぎ、ミオが負傷兵を引きずって退がらせる。アリアが退避路を閉めるための札を投げた、その瞬間――
轟音とともに、城壁の一角が、内側へ向かって崩れ落ちた。
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