追放剣士の再起録
盗賊討伐
夜明け前の補給路は、霧が土を舐めるように低くたちこめていた。
焦げた荷車の残骸、折れた槍、散らばった麦袋。盗賊の襲撃が去った跡には、戦場とは少し違う、手足をもぎ取られたような空虚が残る。
レオンは車輪の跡を見下ろし、膝をついて指でなぞった。矢の角度、逃走の足運び、荷を狙う順番。荒っぽい襲撃に見えて、実際は妙に整っている。
「……盗賊にしては、動きが揃いすぎてる」
横でガルドが低く唸った。大斧を担いだ巨躯が、霧の中でさらに大きく見える。
「左の斜面に伏兵。しかも撤退の合図まで決めていたな」
「見抜くか」
「見抜けるような隙しか、向こうが見せてない」
ガルドは鼻を鳴らし、だが目は笑っていなかった。戦い慣れた者の直感が、目の前の異物を拒んでいる。
そのとき、斜面の上で乾いた弦鳴りがした。
「伏せろ」
レオンの声と同時に、矢が降る。
護衛たちが荷車の影へ転がり込む。板に打ち込まれた矢が振動し、積まれた薬草袋の端が裂けた。レオンは剣を抜き、刃に薄く魔力を流す。青白い光が走り、飛来した二本を弾き落とした。
「正面を押さえる。右は任せる」
「指図が早い」
「生き残るなら、今しかない」
ガルドは短く笑うと、躊躇なく斜面へ踏み込んだ。大斧が土を割り、枯れ草をまとめて吹き飛ばす。
盗賊たちは荷車を包むように降りてきた。布を巻いた顔、揃いすぎた革鎧、刃こぼれのない短剣。安物に見せかけながら、要所だけがやけに手堅い。寄せ集めの野盗ではない。誰かが戦い方まで仕込んでいる。
レオンは最初の一人の踏み込みに合わせ、剣を返した。腕を裂くのではなく、握力を奪う。次の一歩で肩をずらし、荷車の角を使って矢を逸らす。殺すのは簡単だ。だが、この場で必要なのは、荷を守り、道を通すことだった。
「荷を捨てろ! 命を取る!」
盗賊の声が響く。だが、その声には勝ち誇りより焦りが混じっていた。レオンはすぐに気づく。斜面の上、まだ別働の気配がある。逃げ道を塞ぐための第二陣だ。
「ガルド、右奥にもう一列いる。逃がすな」
「……今度は本当に味方みたいに命令するな」
「味方だからだ」
その返答に、ガルドの口元がわずかに歪む。
次の瞬間、彼は吠えた。大斧が岩を叩き、飛び散った石片が伏兵の顔を叩く。体勢を崩した一人へレオンが踏み込み、剣先を喉元へ寄せる。斬らない。止める。倒す。護衛が戻る一歩の余地を、彼は剣で刻んでいく。
レオンが前で視線を奪い、ガルドが後ろを潰す。二人の動きが噛み合った途端、盗賊たちの隊列は見る間に崩れた。力押しではない。互いの呼吸を奪わず、互いの間合いを広げる連携だけが、乱戦を支配していく。
最後の一人が武器を捨てて逃げ出そうとしたところを、レオンが柄で膝を打った。鈍い音とともに男が崩れ落ちる。まだ終わっていない。口を割らせる必要がある。
静けさが戻ると、ガルドは大斧を地に突き立て、荒い息を吐いた。
「……認める」
重い沈黙のあとに落ちた言葉は、いつもよりずっと真っ直ぐだった。
「お前はただ剣が立つだけの奴じゃない。仲間の位置を見てる。味方の呼吸を壊さねえ。さっきの指示も、俺を使い潰すためじゃなかった」
レオンは剣を鞘に収めた。
「生き残らなければ意味がない」
「そうだ」
ガルドは短くうなずく。
「なら、お前は味方だ。少なくとも俺は、そう呼ぶ」
その一言で、レオンの胸の奥にずっと残っていた棘が、少しだけほどけた。
護衛たちが倒れた荷を確かめ始める。食糧袋も治療薬の箱も、半分ほど煤をかぶっただけで済んだ。レオンは散った装備の中から、ひときわ整った革袋を拾い上げた。縫い目は丁寧で、金具は磨かれすぎている。盗賊の持ち物とは思えない。さらに底から、潰れた封蝋が転がり落ちた。
煤と泥に汚れてなお、そこに刻まれた紋だけは消えていない。
帝国の鷲章だった。
ガルドが息を呑む。
「なんだ、その印は」
レオンはそれを指先で拾い上げ、冷えた刻印を確かめた。補給路を襲ったのは、ただの野盗ではない。帝国の名を通す誰かが、この襲撃を支えていたのだ。
霧の向こう、見えない敵の手が、静かにヴェルドへ伸びていた。
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