朝靄の中庭に、木剣の打ち合う乾いた音が跳ねた。 その音よりも、レオンの背に刺さる視線のほうが痛い。追放された剣士。昨夜は補給路を救った男。だが、要塞の兵たちにとってはまだ、半歩外側の人間だった。 「今日の模擬戦は、レオンが指揮を執る」 アリアが告げると、訓練場の空気が一段冷えた。 『追放された剣士に、俺たちの隊は預けられねえ』 そんな囁きが、石壁に吸い込まれていく。 剣の腕ならともかく、隊を動かすとなると別だ。そんな顔ばかりが並んでいる。 「敵は外じゃない。お前たちの隙だ」 アリアは続けた。 「補給路が荒れている今、必要なのは英雄ではない。前衛と後衛が崩れないことだ」 その言葉を聞きながら、レオンはゆっくり息を整えた。ひとりで勝つことはできる。だが守る戦いでは、それだけでは足りない。追放されてから知った痛みが、今はようやく自分の中で形を持っていた。 「盾兵は左、槍兵は中央、弓兵は壁上。ミオは後衛の退路を確保しろ」 指示を受けたミオが、抱えていた包帯をきゅっと握りしめる。 「わ、私が?」 「お前がいる場所を、誰かが見ていればいい。怖がるな。退けるようにしておく」 その一言で、彼女の肩の震えが少しだけ収まった。 後ろを任せる。たったそれだけで、救われる者がいる。 対する模擬敵は、ガルドが率いる熟練班だった。木槍の先が揃い、足運びに無駄がない。正面から押せば、こちらの未熟な隊列などすぐに裂けるだろう。 レオンは鈍剣に薄く魔力を流した。刃は烈しく光らない。ただ、受けた力の向きを変える、静かな熱だけが手元に残る。 「半歩下がれ。盾は壁じゃない、角度だ」 木剣がぶつかる。盾兵の一人が踏み込みすぎて、右脇が空いた。 「今だ、槍を出せ。弓は足を止めろ」 声に迷いはない。迷っているのは兵のほうだった。 それでも、レオンは責めなかった。剣で穴を塞ぎ、足で間を埋め、仲間の呼吸が追いつくまで待つ。勝ち急げば、後ろが置き去りになる。それでは、守る戦いにならない。 ガルドが低く笑った。 「おいおい、随分丁寧だな。勢いで押し切る気はねえのか」 「押し切るだけなら、ひとりで十分だ」 「は?」 「ここでは足りない」 その瞬間、ガルドがわざと圧を強めた。 重い踏み込み。訓練用とは思えぬ迫力。前衛の盾が一枚、軋んで下がる。後衛のミオが息を呑んだ。 レオンはその隙を、剣で切り裂かなかった。切れば早い。だが、それでは前が前のまま潰れるだけだ。 「退くな。横を締めろ」 「でも、押されて……」 「押されてから立て直すんだ。前を止めるのはお前だ。俺は隙を潰す」 盾兵が唇を噛み、足を揃えた。 半歩、さらに半歩。盾列が斜めに角度を変える。槍が前へ出る。弓がその隙間を抜いて、敵役の足を止めた。派手さはない。だが、形ができ始める。前衛が受け、後衛が働き、中央がつなぐ。 レオンはその流れの中で、自分の癖に気づいた。 勝つために前へ出るのは簡単だ。だが、この隊を生かすなら、自分が一番前に立ち続ける必要はない。 以前のレオンなら、敵の中心を割ることだけを考えたはずだ。だが、その勝利は、いつも誰かを置き去りにした。 強さとは、斬り伏せる速さじゃない。仲間が踏み出せる余白を残すことだ。 その認識が腹の底に落ちたとき、剣筋から余計な力が抜けた。 レオンの動きは鋭いまま、だが独りよがりではない。 ミオが包帯を巻く手も、盾兵が守りを固める足も、すべてが同じ拍子で進む。 模擬戦の終わり、東門の旗はまだこちら側に立っていた。 一拍遅れて、訓練場に静けさが戻る。 剣を下ろした兵たちの目が、さっきまでとは違う。 「……今の、見えたか」 「剣が強いだけの奴じゃなかったんだな」 「いや、あいつは隊を見てた」 疑いが完全に消えたわけではない。だが、確かに視線の温度は変わっていた。 ガルドが大斧の柄でレオンの肩を叩く。 「認める。お前はただの剣士じゃない。前衛と後衛のつなぎ方を知ってる」 「俺ひとりでは、守れなかった」 「それを言える奴は強い」 ミオが小さく笑った。その笑みに、レオンの胸の奥で張り詰めていたものが少しだけ緩む。 ここにいる誰かを守る。仲間に守られる。ようやく、その輪の入り口に立てた気がした。 だが、アリアが訓練記録の帳簿を閉じたとき、その空気は一変した。 彼女はもう一冊、補給命令の控えを開き、ある一行に指を止める。 「……これだ」 「何があった」 「昨夜から戻っていない伝令がいる」 帳簿の余白に残っていた名は、レイフ・ノール。 昨夜、帝国印つきの封書を運んだまま姿を消した伝令だった。

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